不動産の売却代金、どの銀行で受け取る?メガバンク新会員サービスを実務目線で読む
不動産の売買では、決済日に売却代金がまとまって振り込まれます。仲介手数料や抵当権抹消の費用、ローンの残債を精算しても、手元に数百万円から数千万円が残ることは珍しくありません。このお金、決済のために久しぶりに記帳した普通預金口座に、そのまま置いたままになっていないでしょうか。
2026年、銀行の側が、まさにこの「まとまったお金が動く瞬間」に照準を合わせたサービスを相次いで打ち出しました。三井住友銀行は5月26日に個人向け総合金融サービス「Olive」の最上位ランク「Olive Infinite」の提供を始め、三菱UFJ銀行は8月26日、会員組織「エムット Excellent Club」を発表し、2027年3月に開始すると公表しています。
ニュースでは「富裕層向け」と紹介されることが多いのですが、公表資料を読み込むと、売主・大家・住宅ローン利用者といった不動産の当事者にこそ関わる中身が多く含まれています。この記事では、両サービスの仕組みを確認したうえで、売却代金の受け取りから住宅ローン、賃貸経営の承継まで、場面ごとに何を確認すべきかを実務の順番で整理します。
入会を「申し込む」のではなく、銀行から招待が届く
まず仕組みから確認します。三菱UFJ銀行のエムット Excellent Clubは、同行の預かり金融資産残高3,000万円以上、または資産運用残高1,000万円以上(投資信託や外貨預金など。円預金は含まれません)のどちらかを満たす個人が対象で、入会金・年会費は無料です。特徴的なのは入会の形式で、自分から申し込むこともできますが、条件を満たした顧客へ銀行から順次招待を送る方式が基本として予定されています。ある日銀行から案内が届いて、初めて自分が対象だったと知る人が相当数出てくるはずです。
特典としては、年会費無料のプラチナカード(2027年度上期に提供予定)のほか、退職金を含む新規資金で作る円定期預金の金利優遇、住宅ローン・自動車ローン・カードローンの会員限定金利優遇、窓口の優先予約枠、資産運用から財産管理・相続・不動産・税務までの専門家にオンラインで相談できるサービスなどが並びます。
三井住友銀行のOlive Infiniteは方向性が少し違い、Visa最上位ランクのカードを軸にした年会費99,000円(税込)のサービスです。ただし「Olive資産運用サービス」を利用し、預かり残高に応じた条件を満たすと年会費が無料になる設計で、コンシェルジュや空港ラウンジサービスなどが付帯します。
形は違っても、共通するのは「その銀行にいくら預けているか」で顧客を分け、多く預ける人に優遇を寄せるという考え方です。裏を返せば、不動産の売却や退職金の受け取りで残高が大きく動く場面は、銀行から見れば「新しい上客が生まれる瞬間」だということです。
売却代金の受け取り口座は、決済日より前に決めておく
売主の実務から見ていきます。売買の決済では、買主からの振込先口座を売主が指定します。ローンが残っている物件なら、残債を一括返済する都合で借入先の銀行の口座を指定するのが通常ですが、完済後にその資金をどの口座へ移すかまで決めている人は多くありません。結果として、金利をほとんど意識しないまま、決済に使った口座に大きなお金が置きっぱなしになりがちです。なお、決済当日は買主側が利用する銀行に集まって手続きし、着金確認までその場で行うのが一般的です。受け取り口座を直前に変更すると残債返済の段取りにも影響するため、口座の指定は遅くとも決済日程を調整する段階までに済ませておくのが安全です。
では、置き場所でどれくらい差が出るのか。2,000万円を1年間、普通預金に置いた場合で計算してみます。3メガバンクの普通預金金利は2026年8月から年0.40%なので、2,000万円×0.40%=8万円です。ネット系の例として、楽天銀行で楽天証券との口座連携(マネーブリッジ)を設定した場合、2026年8月からは1,000万円以下の部分が年0.48%、1,000万円を超える部分が年0.42%なので、1,000万円×0.48%+1,000万円×0.42%=4万8,000円+4万2,000円=9万円になります(いずれも税引前。利息には20.315%の税金がかかります)。
差は年1万円です。金利がほぼゼロだった時代に比べれば利息そのものは見違えるほど増えましたが、銀行間の「普通預金金利の差」は、実はこの程度まで縮まっています。だからこそ各行は、金利そのものではなく、カード・優遇・相談サービスといった金利以外の部分で選ばれようとしているわけです。売主としては、わずかな金利差を追いかけるより、「売却代金を置くことで、その銀行のどんな優遇の対象になるか」まで含めて受け取り後の置き場所を決めるほうが、今の環境に合っています。
たとえばエムットの入会ラインのひとつである預かり残高3,000万円は、都市部の物件を1件売却すれば届き得る水準です。売却の予定があるなら、決済の前に「代金をどの銀行に集めるか」を一度決めておく。それだけで、あとから案内が届いたときに慌てて調べる事態を避けられます。
住宅ローンの金利優遇、0.1%なら月いくらになるのか
住まいを買う側・借り換える側にとって気になるのは、エムットに含まれる住宅ローンの会員限定金利優遇でしょう。優遇の幅はまだ公表されていないため、ここでは仮に0.1%と置いて、効き方の規模感だけつかんでおきます。
3,500万円を35年・元利均等返済で借りる場合、金利年0.9%なら毎月の返済額は約97,200円、総返済額は約4,081万円です。年0.8%に下がると毎月約95,600円、総返済額は約4,014万円。差は毎月約1,600円、35年間の総額では約67万円になります(金利が全期間一定と仮定した概算です)。
月1,600円と聞くと小さく感じますが、35年分を積み上げると、借り換え1回分の諸費用に相当するような金額です。ただし、繰り返しになりますが0.1%というのは規模感をつかむための仮の数字で、実際の優遇幅と適用条件は商品ごとの審査を経て個別に決まります。実務の手順としては、ローンを検討している銀行に「預金や運用の残高によって適用金利が変わる仕組みがあるか」を直接確認し、提示された数字で自分のケースを計算し直す、という順番になります。新規借り入れだけでなく借り換えの検討時も同じです。
賃貸経営と相続の場面で効いてくる「家族」の扱い
大家や、親の資産を引き継ぐ立場の人に見てほしいのは、家族に関する仕組みです。エムットでは、本人会員の配偶者と3親等以内の親族が家族会員になれます。さらに、本人会員が亡くなった後も1年間は、家族会員が入会資格を満たしていなくても会員としてサービスを使い続けられる、会員資格の家族承継の仕組みが用意されています。
ここで注意したいのは、これはあくまで会員サービス上の扱いであって、預金そのものの相続とは別だという点です。口座名義人が亡くなったことを銀行が把握すると口座は凍結され、入金も引き落としもできなくなります。賃貸物件を相続する場合には、家賃の振込先変更を入居者や管理会社に案内する、管理委託料や公共料金の引き落とし口座を切り替える、といった実務が必ず発生します。会員資格が引き継がれても、これらの相続手続きが省略されるわけではありません。また、複数物件の家賃入金口座を銀行ごとに分けている大家の場合、資金が分散してどの銀行でも残高基準に届かない状態になりがちです。管理上の理由がなければ、入金口座の集約は経理の手間だけでなく残高優遇の面でも意味を持ちます。
もう一つ、三菱UFJ銀行の公表資料には、2028年度までにグループの三菱UFJ信託銀行が運営してきた会員組織と統合を進め、財産管理・住まい・健康や介護・相続や承継といった人生後半の課題に焦点を当てた「シニア版」(仮称)を設ける方針も示されています。賃貸経営の承継や自宅の処分など、不動産と相続が交差する相談の受け皿を、銀行グループが意識的に広げてきている流れは押さえておいてよいでしょう。もっとも、売却や賃貸管理の実務は銀行だけで完結するものではありませんから、「相談先の選択肢が一つ増えた」と捉えるのが実際的です。
まとまったお金が動く前に確認しておきたい7項目
最後に、売却・退職・相続などでまとまった資金が動く予定のある人向けに、確認の手順を番号順にまとめます。
1.入金の予定と受け取り口座を先に決める
決済日や支給日が見えたら、どの銀行の口座で受け取り、その後どこへ移すかを先に決めておきます。
2.銀行ごとの残高を棚卸しする
預金・投資信託などを銀行別に書き出します。優遇の判定は銀行ごとの残高で行われるため、資金が分散したままだと、どの銀行でも基準に届かないことがあります。
3.会員サービスの入会ラインとの距離を測る
メインで使う銀行の基準まであといくらか、売却代金や退職金を足すと届くのかを確認します。
4.招待や案内が届いたら、費用と条件から見る
年会費の有無、無料になる条件、条件を外れた場合の扱いを確認してから申し込みます。
5.ローンを組む予定があるなら優遇の適用可否を聞く
住宅ローンの新規・借り換えとも、残高による金利優遇の有無と具体的な優遇幅を窓口で確認します。
6.特典のために運用商品を買うときは中身を先に確認する
入会条件や還元率のために投資信託などを購入するなら、手数料と運用内容が自分に合うかどうかが先で、特典は後です。
7.家族会員と承継の登録を済ませておく
配偶者や子どもを家族会員にできるなら登録し、万一の際のサービスの扱いと相続手続きの流れを家族と共有しておきます。
銀行が残高で顧客を選ぶ時代は、裏返せば、不動産の売却や住み替えといった「大きなお金が動く場面」をどう設計するかで、受けられるサービスが変わる時代でもあります。売却の段取りを組む段階から、代金の受け取り先と置き場所までを一続きで考えておきたいところです。
売却代金の受け取りまで見据えた売却の進め方や、賃貸経営・住み替えに関するご相談は、当社でも承っています。物件と資金の状況に合わせて、手順から一緒に整理いたします。